お互いに今日は疲れたよねと思っていたはずなんだけど、その先生は学会の資料を作りながら残業中の私に言った。
「やっぱり、私は患者に問いたい。あなたは死ぬときどうありたいか。」
私は、デスクから立ち上がり、コーヒーを入れながらこう答える。
「先生、患者さんにどう答えて欲しいんですか?」
コーヒーを入れて振り返ると、ボサボサな頭がゆれている。先生の後ろ姿が困っている。
「君ならどう答える?」
毎回、涼しい夜この答えを問われる。私はその度に
「生まれてきてよかったと意識がなくなる瞬間に思うために今を生きています」
そう答える。
私は、死ぬ瞬間に少しの迷いもなく生まれてきてよかったと思って死にたい。私が生きている目的は、死ぬその一瞬のためだ。だからこそ、今を懸命に生きている。
私のその答えをもう何年も前から知っているその先生は、その答えをきいては資料を作る。その資料に何が書かれているのかわからない。秋になったなと思う。
死の恐怖に怯えていた私はもういない。
今は、その死のために懸命に生きている。
先生は毎回同じ答えを出す私に満足したのか、今日は寝ずに資料を作るつもりらしい。
「お先に失礼します」
その言葉に返事はないが、先生の背中は頷いていた。
私は家に帰ってチョコレートを食べる。そして、これから寝るまでの間、先生が毎年出すこの問いを反芻しながら目覚める眠りにつく。
生きるということはどういうことか、考えながら眠りにつく。
先生の学会の発表を気にしながら。